2009年04月13日

蒲公英(たんぽぽ)

このブログに新たなテキストを書くのが、こんなに間が空いてしまうとは!
2008年はとうとう一本も書きませんでしたねえ。

今年も書くのかどうか、非常に心許ない訳ですが。
ユルユルとお付き合い戴ければ良いのではないかと。

4.12ですが、新宿RUIDO K4へ
「SachinoWorldフェスタ vol.4」というイベントに行って参りました。
このブログの2005年辺りには僕も「観客業報告書」なるものを書いていたりしますが、さちの&Thwカリスマ歌劇団(以後カリカゲと表記)というグループ主催による企画イベントです。


これは僕の都合ですが、ダーツプレイヤーとして精進するあまり
(その割にはなかなか上手くなりませんが。。。)
ライブそのものと疎遠になっていた昨今。
その僕が会場に足を向けた理由は、このバンドが活動休止をする、
というその一点に尽きました。

勿論仕事の関係だったりスケジュールの急な変更を余儀無くされたり、会場を目指しながら適わなかった事もありますが、実に久々のライブ会場という事になった訳です。


2月の時点でバンドのホームページには活動休止が発表されていて、そのせいかその事に対するインパクトというものはかなり軽減されていたように思いました。
また悲壮感などは無く、むしろ「いつかまたやりますよー」という希望の方が上回った気すらしました。
それでも最後のプレイとなった「プロポーズ」などは、それこそ最後を飾るにふさわしい。楽曲だったと思います。

定番と呼ばれるこのバンドの定番は、全て盛り込まれ、集まったファンを満足させるには充分なライブでした。

が、僕的にはこのイベントにはもう一つの見方があるのかな、と思えました。


このカリカゲというバンドは、正直な感想を書けば、よくぞここまで続けてこられた、というグループでした。
それは、実力がどうとか、メジャーやインディーがどうとか、そういう問題の上に立っているのではありません。
バンドには二つ生きる道があって、メンバーチェンジをしないで運命共同体として墓場まで、みたいなタイプと新しいメンバーを入れて、
なおそれでもチームワークをキープしてみせるタイプとハッキリ分かれます。

カリカゲは後者でした。
メンバーの脱退と加入を繰り返して、それでもなおバンドのカラーをキープし続けた、割と稀有なタイプのバンドです。

ドラムも代わった。
キーボードも代わった。
ベースも代わった。
ギターも代わった。

要するに楽器をプレイしている人間は全て代わったのです。

それでもカラーをキープし続けたのはカリスマなフロントマンの圧倒的な存在感のなせる業でした。
ボーカルのさちのは勿論、テクニシャンコーラスのばーしー、
歌劇団、であるが故に存在した"座長"のなかじ。
すげーなこの三人は!(笑)

喋りも出来る、踊れる、歌える。
パフォーマーとして、こんなに「手馴れた集団」も珍しい。
それもリハーサルをきちんとしているとは言え、ありとあらゆる局面に対応出来るメンバーが一人ではなく二人、三人と揃えていたのだから、やっぱり稀有なバンドなんだね。


さて、このイベントは3マン形式で催されました。
他の2バンドは、re:fuse(リフューズ)とガリットソング。
このイベントに別の意味を持たせたのは他でも無いこの両バンド。

re:fuseにはカリカゲの元ギタリストのたかみつがベーシストとして在籍していて、カリカゲがそれより以前の名称で活動していた頃からの盟友であるShoheiがギターを弾いています。
しかもこの日のドラマーはこれもカリカゲの元ドラマーであるさくらが務め上げました。

更にガリットソング。このバンドはカリカゲの元ベーシストである常ポンことTSUNEが率いています。そしてボーカリストは元Theダーティスナフキンズのフロントマンであるケンゾウでした!
(僕はこの日ガリットソングを初めて見たので、余計に驚いた)

えー、そうなの?
そんなに内輪で、いや外輪も(外輪なんてあるのか?)ごたまぜでいいの??
もう笑うしかないじゃないですか。

彼等はカリカゲのフロントを飾る3人の陰に隠れがちだが、そのキャッチーでファンキーで時にはパンクなサウンドをガッチリと支え続けたツワモノばかりなのです。
それが時を違えど、同じグループに在籍して、そしてまた違うバンドとして同じステージに立つ。

ガリットソングに至っては
「お父さんがダーティスナフキンズで、お母さんがカリカゲだね」
と、実際に会場で僕は口にしてしまいました。

そう考えたら、世の中にバンドは星の数ほど存在するけど、中にはこうして「バンドのDNA」が新しい実を結ぶ事だってあるんだよな。

そこに昨日のライブイベントの隠しテーマみたいなものを感じました。
計算で出来る事とかではない。
打算の無いバンドが身体を張って築いてきた、バンドの歴史がこんな形で堪能出来るなんて。
離合集散の激しいインディーズミュージシャンの世界では、本当は珍しい事では無いのかも知れません。

でも、それが一同に会する事が出来たのです。
それだけ人の繋がりを大切にしてきたバンドの「人格」を感じる事が出来たのは、それだけでもう、充分に「良いイベントだったね☆」と言えるのではないでしょうか。


ライブイベントは、その規模の大きさだけで競うものではありません。
そこにどれだけの意味を持たせる事が出来るか。
そういう視点があっても良いのではないかと、そう思うのでした。
posted by ユタカ at 14:17 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | NOTE

2007年11月05日

サービスが奇跡を生む

事ある毎に書いていますが、ライブの持つ意味というのは僕の中でこの数年、ものすごく大きく変わりました。

勿論、自分でもBORDERというバンドでライブをやる立場でもありますが、
頻繁にライブをやっていた頃。。。十数年前ですかね(笑)
ライブに臨む僕が考えていたのは技術論でした。
つまり、技術的に向上していけば、自然とライブの質は上がっていく。
そういう考え方でした。

勿論、最低限の技術は必要になると思います。
人前で何かをやってみせるのですからね、チャージを貰って。
けれど、それならライブは必要なくなってしまう。
特に上手な演奏を聴かせる、という事に主眼を置いてしまったら。
音源があればよくなってしまう。
まぁ、その音源を売る手段としてカタログ的なライブというのは必要かも知れませんが。

そのライブの見方を変えるきっかけになった人がいます。
それが高田エージさんです。「伝える」という事に関して間違いなくこの方は長けていると思います。
「伝える」について誤解をされる事がありますが、
伝える側と伝わる側の思いは一致しなくても問題ありません。
100%一致すれば勿論素晴しいのですが、それは本当にレアなケース。
しかし、見る側の心の中に「お土産」を持って帰って貰おう。
そういう姿勢というのは少なくとも伝わるのです。

伝えようという姿勢は、人それぞれ違うので「これがそうです」という明確な答えはありません。でも、現象として起きるモノがあります。
それが「一体感」と呼ばれるものです。それも自発的な一体感。
「やらされている」と感じない一体感ほど素晴しいモノはありません。

ライブイベントの場合、数組のアーティストが一堂に会すわけですが、
そのひとつひとつのバンドが同じ意識を持っているイベントというのは案外少ないと僕は思っています。
もし、そういう僕の見方が間違っているのだとするならば、それぞれのイベントの中では違うレベルで「意識の共有」が行われているという考え方が存在するのだろうと思います。

さて、その高田エージさんが毎年11月3日に渋谷クラブクアトロでイベントをやっています。
「Thank You Japan」と銘打たれたこのイベントも今年で5回目。
クアトロは500名超の動員が可能なライブハウスで、ここを満員にするのは簡単な事ではありません。

出演したアーティストは毎年そうですが「心意気」というものを内側に持った人達ばかりです。
何とかしよう、何か持ち帰って貰おう、そういうサービス精神。
その手段はさまざまですが、必ずそれがある。

他のイベントにもそれが見られるものはあります。
ただ、ひとつだけ、このイベントでしか見られないものがあると僕は思っているのです。

いまこれをご覧になられている方の中に「他にもあるよ!」と思った人は必ずいると思う。それは幸せな事です。
そして、それがあなたの答えなのです。僕はそれを否定しません。

ライブは音楽だけでは成り立たないのです。
先述の通り、音源のカタログ的な位置づけでやるライブは別として、
ライブは音楽だけでは成立しないのです。
やる人がいて、見る人が居る以上は。

パフォーマー側の人間性であったり、
演奏のコンディションが良かったり、
それに共鳴する観客を動員できたり、
また、そのお日柄が良かったり、時間帯が良かったり。
色んな要素の上に成り立つ結果があります。

まぁそれを一言で「奇跡」と呼んでいるんですけどね。
そこがクアトロというライブハウスである事を忘れる瞬間があるとか、
時間の事を全く忘れてしまう瞬間があるとか。
また、今まで最高潮に達していたと思っていた盛り上がりの波が一段高くなるとか。

またはそれが全部か(笑)

感情の振れ幅には、僕は人それぞれの限界があると思っていますが、
それらを超えてしまって「え?これが自分?」と思う瞬間が訪れるのです。ここまで揃えば奇跡確定です。

そしてこれだけは行った人しか目撃出来ていませんが、今年の「永遠」は更に素晴しかった。出演者それぞれが作詞をしてそれを歌う場面がありますが、その思いが見事に伝わったと思います。

僕は5年のうち4年このイベントを体感しましたが、この奇跡の域に4年とも達したというのは凄いと思います。
というのは、この4年の間に僕自身も色んなライブを見たり聴いたりしている訳で、先述の「奇跡の条件」の最後、つまり感情の触れ幅に関しては相当大きい方だと思っているからです。
それを毎年、更に上回る空気を作り出すこのイベントは単純に凄い。

5回も、このクアトロを借り切ってライブイベントをやるというのは、それとは別に大変な労力が必要な事で、
今回は、やはりひとつの節目としてお考えになられていたようです。

けれど、あの奇跡を目の当たりにしたら。。。再考しちゃいますよね。
来年、頑張ってみると言われたその言葉を信じて、来年もこのもの凄いイベントが行われるのを待っていようと思います。
posted by ユタカ at 13:01 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | NOTE

2007年10月30日

目的地

去る28日に、初台DOORSへ行ってきました。
イベント"ORGASM"。三周年だそうで。

「主催者」と紹介されているのはCHAOSというバンドです。

バンドがイベントをやる、という事。
ライブハウスなどで「○○企画vol.1」と銘打ってやるようなスケールを想像してしまいますが、明らかに桁が違う。

5〜8つのバンドが同じステージに立つ。
これを仕切るのには、想像を絶するパワーを必要とするハズです。
ハコを借りてやっている訳でもありますから時間の戦いであるのは勿論。
しかし、時間とは遅れる為にあるようなもので(笑)
すると観客側に対してもプレッシャーがかかる訳です。
間延びすれば、折角のイベントも空気がダレてしまう。
ユルイのはアリ。だけどダレるのはダメです。

その間の繋ぎ方の方法のひとつとして、出演バンドの紹介をMC付で映像として流したりしています。活動状況なども紹介してますね。

実は、それをやるイベントが無い訳じゃないんですよ。
同じ事をやっているイベントはあります。
でも違うのです。
つきつめればスタッフの充実という事になるでしょうが、それはイベントに賛同して集まってくる人間の数と、それを選抜する主催者の目、更にスタッフの意識の高さ、もしくはイベントに対して持っている誇りのようなもの。
これらが差を生んでいるのです。

スタッフも出演者と同じ意識でイベントを作り上げて行こうとしている。
これが見ている方にも伝わってよいイベントになっているのでしょう。


これだけのイベントを作って、更にそれを進化させていこうとしている訳ですが、
主催者はバンドとして出演もしています。

僕が個人的に興味があるのは、CHAOSというバンドはどこを目指しているのだろうと言う事ですね。
主催者であり出演者、という形は僕は究極は両立しないと思っています。

どこかで俯瞰していないと出来ない作業が必ずあるからなのですが、そこがインディペンデントと恐らく繋がるんだろうな。
メジャー志向というか、どこかに属して音源リリースして。。。という事をやろうとしていたらイベントは続けられなくなりますからね。

やりたい事を出来る形で、信じる方法で。
それに信じる人が沢山ついて来てくれると良いですよね。


このORGASMを見に行くようになって知ったバンドの中に、ひとつ行く末に興味のあるバンドがあります。
名前が凄い(笑)

打首獄門同好会というの。

どこかに以前書いたかも知れないけど、このバンドは物凄くロックが好きなのだと思うのです。
そして、実際無意識のうちによく聴いているのだろうな。
更に、ミーハーに「こういうのカッコよくね?」的な事を自分達でもやっちゃう。

結論、伝わり易い、そういうバンド。
実際ORGASMの中でも、かなりの人気を誇るバンドのひとつです。
彼らは将来バンドをどうしたいんだろうなあ。

正直、メジャー志向をあまり感じないので、これは余計な興味なのですが(笑)

こういうバンドって歌詞というか、取り上げるテーマが重要になってくると僕は思っています。
局地的に絶大な人気を誇って、メディアに出てきた途端に勢いが殺がれてしまうという同種と呼べるバンドは過去沢山ありました。

それは、テーマなのだろうと思うのです。
ライブで何度も繰り返しやっているうちに皆が覚えてしまってテーマというより「定番化」して盛り上がる、これはあり得る話。

打首の場合は二種類あるような気がする。
歌詞カード無いからまだあるかも知れないけど。

「ネエちゃん」に「ジョッキ」を「まだですか?」と連呼するような、
非常に共感できるような内容のもの(笑)
そして「JR南武線」の駅名を連呼するようなローカルなもの。

どっちも知っている人には、伝わる(ウケる)。
でもテーマの世界が物凄くピンポイントのものだと、ただのキワモノ扱いを受けてしまうような気もする。

でも、それを両方ともやっている訳です。
これから打首獄門同好会というバンドがどこを目指すのか、かなり興味のある今日この頃です(笑)
posted by ユタカ at 11:15 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | NOTE

2007年10月29日

リスタートのお知らせ

かなり長い間更新されていないこのブログですが、それでもたまに訪れてくれる方々がいらっしゃるようです。
ありがとうございます。

さて、この度このブログの本家であるホームページをリニューアルする事にしております。

現在の生活パターンでは、実は以前ほどライブに行く事が出来なくなっています。つまり、必然的に「観客業報告書」を書く機会も激減しているという事になります。

そこで、ライブを含めて普段から見聞きしたアーティストや関連団体などのについても新たに「NOTE」というカテゴリを設け、それに伴いタイトルも「Spectator's Note」と改めようと思います。

観客業報告書に関してはカテゴリのひとつとして存続させる事とし、今後も活動を継続していく事にしました。
細く長く、という事になりますが長い目でお付き合い頂ければ幸いです。

従いまして過去エントリはこのまま残りますので、今後ともよろしくお願い致します。
posted by ユタカ at 14:14 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2007年05月16日

さちの&THEカリスマ歌劇団 両国fourvalley 2007.5.13

このバンドは、ハッキリ言ってライブの数は少ない部類に入る。
ただし「ライブの数が少ない」という事実がこのバンドの評価を下げる事にはならないだろう。
むしろパフォーマンス先行だった所に、当初、付加価値的存在だった「音楽」が、いまやバンドの価値を押し上げるまでになったと見た方が良いに違いない。

氣志團スタイルの息子に扮した座長なかじ、そして「かあちゃん」と言えばカリスマコーラスば〜し〜。
日本最強の母子が発する、ライブ冒頭のコントは必要不可欠。
必ず出演するライブハウスの事にも触れて進行するソレには、気配りもちゃんとある。
そして「スペア木」という序盤。もはや定番。

このバンドのライブ進行や、バンドとしての佇まい、スタイルというのはかなり早くから出来上がっていた事は、ライブに行った事のある人間にとっては既知の事実である。
建築現場で言うと、早くから外装は出来上がっているバンドだった。
今は、内装を整えている段階。
外からは分からない部分を進化させていく。
面白いのは、バンド単位もしくはメンバー単位でその「進化」の意味も手段も違うという所だ。

音楽的に一番それが出たのが「ブルろっく」だったと思う。
音楽的な進化をハッキリと見せつけたのはドラムのりゅウ。
この曲の適当な気だるさを印象付ける、そのテンポはキープする事自体が大変。
初めてりゅウを見た時、そのストライクゾーンは正直狭かった。
得意なテンポの範囲が限られていた、という意味だが、これが見違えるほど対応出来ている。日々の努力の賜物なのは分かるのだが、同じ人間の皮を被った別人?というぐらいの変身ぶり。
ワンコーラス通してみて、感動するぐらいの進化を見せてもらった。
こういう鍛錬による進化もあれば、感性で進化していくタイプもこのバンドにはいる。
なかじとかば〜し〜、またはボーカルのさちのもそれに入るだろう。
特になかじはナチュラルに進化していると思う。動きもどんどん細かいものが入ってくる。何でも使う。いわゆる「エンヤァトットォ」のリズムをとる時にマイクスタンドまで使っちゃう。
小道具のピストルを構えてみたりする。それに乗っかる事のできるば〜し〜にも感心する。

そして60分ライブではこれもお待ちかね「楽屋にて」。いわゆる舞台裏コント。姫キャラのさちの節が全開。このば〜し〜との対立構図は本当に分かり易い。
ただし、二人だけでは限界もあるワケで、ここに一人"犠牲者"が登場することになる。つまり、感性で動くタイプではない人間がその世界に放り込まれるというものだ。
今回はりゅウだったが、そのギャップのスゴイこと。
そりゃスゴイだろう。努力の人と感性の人の異種格闘技だもの。
ギャップは大きければ大きいほど、面白いのである。だからこの場合りゅウは別に芝居の勉強をしなくても良いのだ。
そういう計算もまた、ナチュラルに出来るバンドなのである。

今回もさちのをはじめ、なかじ、は〜し〜の衣装替えは随所で行われていたが、早着替えよりも確実な路線にシフトしたようだ。楽曲のアレンジとして時間的余裕を持てるように手が加えられていた。キーボードゆうすけの実力がここに大きく寄与しているのは間違いない。
彼が一人いる事でバンドは大きな安心感を持っての演奏が可能になる。
勿論リズム隊がしっかりしている事が重要だが、この日の前日にも同じfourvalleyでライブを行ったベースのつねポンとりゅウのコンビネーションは非常に強力だった。
つまり、バンドとしての格は着々と上がっていると言える。
「ロッキーのテーマ」「EYE OF THE TIGER」のミックスバージョン(ロッキーとロッキー4、ですな)で場を整えてからの「Oh,Yeah!」はその空気にハマる構成だった。普通にジャムをするよりも皆が知っている曲を演奏する事で得る効果は確実にあったはずだ。

音楽的方向性にも注目できるものがあった。僕個人は彼らの前回のライブを見ていないのだが恐らくそこでも披露されているのだろう、初めて見る曲があった。それが「サービスTime」。
この楽曲で、ひとつの方向性は見えたのではないか。
何でもアリ、という状態からひとつ踏み出せたのではないかと思う。
アルバム製作後にお披露目されている「A bog」と合わせて、
今後展開されると予想される路線に、大きな期待を抱かせる新曲だった。

最後の曲が「タイガーホースのテーマ」だったという所も目新しかった。
カリスマ歌劇団は立派なファンクロックバンドになりつつある。
ライブの数は少ないが、準備はしっかりして臨んでくる、そういう真摯な姿勢が実っていると感じられるライブだった。
ただfourvalleyのあのステージに7名はキツかっただろう。
あれだけ動きのあるボーカリストを擁してマイクのハウリングが最小限で済んだのはラッキーに近かったと思う。

次回7月のライブは初台ドアーズ。広さの点での不安は無い。
むしろステージの作りなどから言って、本領を発揮出来る環境かも知れない。
カリスマ歌劇団のファンクロックオペラは、新しい段階を突き進んでいく。


★set list
1.スペア木
2.シートベルト
3.ブルろっく
4.A bog
楽屋にて〜Eye of the Tiger+Theme from "Rocky"
5.Oh,Yeah!
6.サービスTime
7.48/1〜タイガーホースのテーマ
posted by ユタカ at 16:57 | 東京 ☀ | Comment(3) | TrackBack(0) | 観客業報告書

2007年05月01日

ミキコアラマータ 代々木bogaloo 2007.4.30

今のミキコアラマータを見るのは2回目だった。
1回目は今年の2月。場所は同じ代々木。
その時の僕の感想は「あーよかったねー」だった。
何が良かったねーなのか分からないが、そういう気分になれたのだ。

「今の」と書いたのは、2003年にスタートしたこのグループがスタイルチェンジをしたから。
2006年3月にそれまでの"ロックんろーる"バンドとしての活動を休止。4ヶ月のインターバルを経て
登場してきたのは、一見して全く別の音楽性に「聴こえる」ミキコアラマータだった。

2003年にスタートしているのだから、そこに至るまで3年と少しかかったそのスタイルを
変えたのか、変えざるを得なかったのか、それは分からない。しかし変わった。
変わらないことで主張をするという選択肢はあったはず。しかし、それを選ばずに変化した。
しかも、僕には変化して更に進化したと思えた。

そっか。だから「良かった」のか。

この日発売となるマキシシングルのタイトル曲である「シンプルイズベスト」でスタート。
ライブ中盤で演奏した「にもかかわらず」と同系統と思われるそのファンクな立ち居振る舞い。ビアンコ(g.)の良い所、というか僕の好きな所が存分に発揮されている。
アコースティックというか、それこそシンプルなスタイルになって最も顕著になったのはそのパーカッシブな音かも知れない。楽曲のあちこちにリズムが潜んでいるのだ。
もともとビアンコのギターはリズミックな印象があったのだが、それがオモテに出てきたという事なのだろう。
更に、リズム隊のサポートである道上いづみ(b.)新岡尊史(per.)の二人がどんなリズムにも対応出来るタイプであることがそれに輪をかけているわけだ。

その三人のリズムにMIKIKO A-LA-MA-TA(vo.)の存在がしっかりとマッチしているのがいい。
恐らく彼女の存在自体が「ノリ」なのだ。
ジャンベを背負い、トランペットを吹くその姿は実に勇ましい。
自らをバンドの「象徴」と表現する辺り、よく自分を分かっているという感じがする。
このトランペットがまたイイ味出してる。本人はもっと上手くなろうと考えているようだが。

それにしても音がシンプルになった。シンプルになったお陰で、アレンジの占める比重が増した。
そのアレンジもシンプルだ。シンプルって飽きがこない所が素晴しい。シンプル万歳。
宗旨替えしてでも万歳と言いたくなるほど心地よい。ただのアコースティックではないのだ。
そう、別の音楽に「聴こえる」と書いたのはそこであって、彼女等は以前と同じ事をやっているのだ。
その佇まいも含めてのミキコアラマータ、なのだ。

ただ、分かり易くなった。ポップになった。
プラスアルファを感じる。

「陽気なへび飼い」や「ぺんぺん草揺れて」更に最後の「マイタイム」というのは、精神は同じではあるものの、更に分かり易く進化したバンドの"いま"をよく表していると思う。
以前からやっていた曲もその中には含まれている訳で、それを今という形に自由自在に弄くる。
音楽は自由なんだ、もっと楽しめるのだとバンド全体を包む空気がそう訴える。

バンドとして技術的に上手い、という事は重要だし、このバンドは上手い。
ただし、上手いバンドは結構いたりする。
僕は以前、まだ「ロックんろーる」だった頃のミキコアラマータを見て、売れるバンドとは思わないが、
自分の立ち位置をしっかりと確保して生き永らえるタイプだと思った。
それぐらい、歌詞の世界に代表されるようにスタンスがハッキリしていたからだ。
逆に言えば、それは「マニア向け」という事でもあったのだが、
そのマニアックな世界への間口を、このバンドは見事に広げる事に成功していると思う。


変わる事は勇気が要る。重圧もあったに違いない。
しかしそれをやってみせるのだから、お見事なのである。
更にそこに見えるのは、サポートメンバーとの人間関係や、ライブハウスとの良き"出会い"だ。


出会いに恵まれるのは、人徳ですぞ。
よかったねー。


☆set list☆
1.シンプルイズベスト
2.これでおしまい
3.陽気なへび飼い
4.にもかかわらず
5.ぺんぺん草揺れて
6.マイタイム
posted by ユタカ at 16:21 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観客業報告書

2007年04月02日

ワタナベカズヒロ 高田馬場CLUB PHASE 2007.3.11

初めて、かな?企画モノである「ナベ式」は見たことはあるものの、ワンマンライブは初めてか。
初めて彼を見た時は、いずれやるだろうワンマンは「ワタナベ」としてやる事になるのだろうと思っていたが、
その後の事については…事あるごとにあちこちに書いたからここには書かないけど…
見事に"紆余曲折"の四文字で表される道を経て、やっと(敢えてやっとと書くが)ワンマンまで来た。
遅いぞ。遅すぎるぐらいだコノヤロー。

ホームグラウンドと言って良い存在であるPHASEも改装されて、違うハコに進化した。
その会場中が溢れかえらんばかりの人、人、人。200人強だという。
これだけの人を、まさかソロで!というのが僕の一番最初の感想。
2005年以降の彼を見ている人にとっては、それほどの驚きではないのかも知れないが、
それ以前のライブを見てきた率直な感想は、よくぞここまで、である。
僕自身は、現在全くゲームというものをやらなくなったが、
ゲームに音楽で関ることで、彼の知名度はやはり広がったのだろうなと思う。
その人達は、この日のライブをどう見たのかな。これがワタナベカズヒロだ。


前半戦。
スロウバウンドでやった曲の中で一番有名だと推測されるのは「さめない熱」という事になるのだろうな。
そういうものなのだ。「GARDEN」などは昔の曲であり"久々にやった曲""昔やっていた曲"になるのだ。
そこに時間の流れを感じずにはいられない。
僕ですらそうなのだから「砂の太陽以前からのファン」にとっては、
二つの世界…それ以前とそれ以後の、だ…の融合を見せられた気分だろう。
MCでも言っていたが、スロウバンドではない。スロウバウンド。
ものすごい名前だとどこかで書いたが、意訳してしまえば「苦悶の限界」みたいな意味。
つまり、のた打ち回って作品を産み出しているのだ。

僕は「翼」とか「ミライ」みたいな曲が実は一番好きなのだが、
こういった楽曲を自然に作ってしまうタイプと、あーでもないこーでもないとひねくり回すタイプがいる。
僕はワタナベカズヒロは前者だと思っている。彼の根本は耽美系だと思う。
だから逆に"普遍系"の楽曲にこそ、彼の苦労が見えるような気がいつもしているのだ。
その極限を超えた所にある(と僕が勝手に思っている)「やがて来る季節」や「リアルライフ」が高いレベルで、会場を煽り上げる事が出来るのにはいつも感心する。
スロウバウンドは、ほぼMC無しで7曲を演奏した。そしてZIZZ組とのコラボへと続く。


ZIZZと聞いて、一番最初に出てくる名前は僕の場合は佐々木しげそ。
違う人を思い浮かべる人は沢山いるだろうけど、僕の場合は間違いなく彼なのだ。
一番最初に「ワタナベ」というバンドの音で、僕の足を止めた人物。僕とワタナベを繋いだ人物その人だ。
どういう訳か、僕は彼のドラムの音には反応する。
その時聞いた彼のドラムは間違いなく、それ以前に聞いたドラムから10年は経過していた筈なのに。
僕はドラムの音で「ワタナベ」のライブを見る羽目になったのだ。彼の顔を確認したのはその後である。
「ワタナベ」のドラマーであった彼は僕の知る所では「MYST.」での活動が現在は多いと思われるが、その彼がZIZZ組のドラマーとしてワタナベカスヒロの後ろに陣取る…ネギを持って。
しかしワンマンでネギがネタになるドラマーなんて、そうそう居ない。そうに決まってる。
あの手数が…いや当日は結構抑え目だったように見えたが…ワタナベサウンドをガッチリと支える。
手数と言えば「結晶」のエンディングなどはドラマーの為にあるようなパートだが「結晶」はいまや名曲の域に辿り付いたと言ってもいいのではないか。
この曲はワタナベの「銀色」の一番最後を飾る楽曲だが、僕などはその当時は「虹」とか「銀色」の方がすげえ!と思って聴いていたものである。それがいまやこの堂々とした存在感。
相変わらず楽曲を育てるのが上手い人だ。時間をかけて「結晶」は記憶に残る音になった。
ZIZZ組とはアルバム「ダイヴァーシティ」からの曲を中心に披露したのだが、途中でスロウバウンドの面々を呼び込んでやったD・ボウイのカバー「スターマン」は秀逸。
アコースティックとエレクトリックはここまで絶妙に融合可能なのだ。鳥肌モノである。
また、いとうかなこをゲストに迎えて披露した「When the End」はまた別世界へと見ている人間を誘う。
ワタナベカズヒロは音の人という印象の方が僕は強いのだが、こうしてみると要所要所では作詞の人でもある。
しかも「GRIND」もそうだが、英詞がハマるんだねえ。アナザーサイドをまだまだ持っているんだなあ。あ「Temple of Soul」もそうだな。アルバムは聴き込めばかなり後から味が出そうな感じ。

その後メンバー紹介の時に突然披露されたしげその「おふくろさん」に会場を一瞬持っていかれたけれど、
彼はアルバムと同じように「残光」でしっかりと本編を締めた。

しかし、勿論これでは終わらない。
それにしても他人に合わせているように見えて、実に頑固で我儘な人である。そう思わせてしまうのは大概セットリストを見ている時だ。新作は勿論いいのだ。素晴しい出来だ。
でも、今が良いというのは比較されること。
じゃあ昔はどうだったのよ?
それを彼はワンマンライブという、大人数の前で確かめたかったのではないのか。
その結果「ワタナベ時代」の楽曲が要所に配置されたように思う。
スロウバウンドの3曲目に「GARDEN」、withZIZZでは同じく3曲目に「結晶」。
そして、アンコールで「コナゴナ」しかもしげそ、yossyのツインドラムというおまけつき。
いま、決してこのアンコールで「コナゴナ」を演る必然性は、見ている方には無かった。

もう相手はノックアウトされている。ダウンしている。
そこに、更にトドメ。ダメ押し。
しかも必殺技で。

「コナゴナ」を初めて聴いた時は背筋が背筋がゾクゾクした。
でもこの日のそれは、記憶を上回った。
僕は、実はこの曲にこそ、この日一番大きな意味を持たせていたのではないかと思うが、それは邪推か?

最後の最後は、もちろん「エンディング」。こうして、延べ2時間と少しの大ワンマンライブは終了した。



一番すごいのは、これがスタート地点だという事である。
posted by ユタカ at 19:18 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観客業報告書

2007年01月30日

MYST. 浅草クラウド 2007.1.14

最近、この分類の仕方が特にギモンだ。
メジャーとマイナー(インディー)の事である。
この角度の価値観が突出している印象を受ける。
音楽関係では、この二つの単語が時として誤解を生みやすい。

プロとアマチュア

のように。
メジャーである事とプロである事とはイコールではないし、
インディーとはアマチュアの事を指すのではない。
(かつて、そういう時代があった事は認める)
しかし、世間はどうもそういうモノサシで比較をしたがるのだ。

アマチュアとプロの境界線が分かりづらくなってきているのだろう。
アマチュアのレベルは本当に向上した。特に技術面において。
アマチュアトップレベルとプロ最下層レベルとを並べたら、見分けはつかないだろう。

ぐだぐだ長いマクラだが、MYST.はれっきとしたプロである。ここに認定する。
今更何言ってんだよ!と思った人、あなたの目に狂いは無い。いい仕事してますよ!



浅草クラウドは、いつも思うのだが意外と広いハコだ。
その広いスペース後方そして取り囲むような形で壁際にはイス席が設置されている。
ステージ前、つまりスペースの前方にはイスは無い。
客層の広さを誇るMYST.ならではの光景だ。
イス席の前にスタンディングのスペースがある、という事についてはどうなるのだろう?という素朴疑問もあったがすぐに氷解。
それは、スタンディングスペースの人も座っちゃったから。
見事に違う客層が共存出来ている。
お客さんを見ても、バンドの格というのは判断出来る。どんなに荒くれ者がパフォーマンスをすると言っても根本がしっかりしていれば、お客さんの質もアガるというもの。
騒ぐべき所は騒ぐ、締めるべき所は締める。ここ重要。

「夢をみる間に抱きしめて」は彼らのライブでは定番中の定番曲。
この曲を知っていればまずライブに参加するパスポートは手に入れたと言える。
そして、ライブが始まるまでこの曲を知らなかった人もここで覚えておくと、
必ずライブに"参加"する資格を手に出来る。色んな意味で重要な曲だ。
定番曲を一番最初に持ってくる事が出来る。
これは彼らのレパートリーが豊富だから出来ること。

そして口上。このバンドが和装しているひとつの根拠だ。
見た目だけでライブをやるのなら、このスタイルは個人的には推奨できない。
誤解を受け易いからだ。
イロモノ扱いで終わりなんて事は恐ろしいかな、現代では日常茶飯事だ。
この口上はMYST.スタイルを体現する重要な手段。
口上だけに時事ネタも取り上げ易い。「古い牛乳使ったケーキ」は流石。
こういう形の笑いはセンスだろう。チクっと刺すヤツね。

ボーカルの佳上が浅草の出。ここクラウドは彼の地元でもある。
そんなMCから「舞い降りる雪のように」
今回はステージ上にプレイヤーが多い。
ドラム、ギター、ベース、ボーカル、コーラスが2人。
この後ゲストのギターボーカル、パーカッションも入ったので、一番多い時には8名がライブパフォーマンスをしていたことになる。
ゲスト不在時にはこれに「からくり箱」のバックトラックが重なる。音の厚みは相当なモノだ。しかし実際にその音を耳にした人は、その厚みと共に感じるはずの重さを感じない事にまず驚くだろう。
これぞアレンジの妙でありMYST.が「造り込むタイプ」の職人集団である事が良く分かる。

今回彼らは3曲の新曲を公開した。当日は音源も発表。
そのどれもが今までのMYST.とは一線を画した出来となっている。
今までの制作手順を考えると、この新曲を手掛かりとして恐らく新しい方向性を見つけ出したのだろう。
3曲ある、というのはヒントは既に得ていると思う。
そしてヒントを得た、という事は今までの楽曲も微妙にマイナーチェンジをしていく機会も有る事だろう。
この日も演奏されていた「サムライ商売」のように。

さて、造り込むと書いたが、彼らバッキバキのミュージシャンなのは言うまでも無い。
そして、あまりに当たり前の事なのでついついMCのやり取りだとか、キャラクターだとか、そういう「ソレ以外」の所に目が行ってしまいがちなのだが、1曲だけ演奏されたカバー曲によって見事に「オレらプレイヤーだよ♪」というアピールに成功していた。
それがTHE DOOBIE BROTHERSの「Long Train Are Running」。
もちろん「からくり箱」は休憩中だ。
プレイヤーであること。それも数多くライブをしているからこそ出来ること。
イントロから数小節にして見事に転調してしまった(!)この曲は、僕にとってかなりのインパクト。
原曲は勿論転調しない。しかも自ら言わなかったら演出だったのではないか、というぐらい自然な対応。
メンバーのソロ回し、という展開は目新しいものではないのだが、逆にソコが僕みたいに年齢層の上の方を構成していた者にとってはライブのツボと呼ぶべきものだし、また若い層にとっては、こういう展開は新鮮だろう。
でもこのカバー、やっぱりイントロで勝負アリ。二ノ宮氏、オミゴトの巻であった。
MYST.を知らない方へ。このバンドにはエレキギターという楽器はコンセプト上ありません。
それでこの迫力ってなんだ!

この日、実はコーラス隊に「拍手」「手拍子」等のパネルを持たせて
客席を煽る"ヤラセ"を、公開で仕込むという演出もあった。いやあった筈だったのだがソコはマジメなコーラス隊、パネルを掲げるタイミングに一苦労。
ところが、そういうタイミングの良し悪しに関らず、手拍子は起き、拍手は沸いた。
良い意味で逆効果になった。ライブとは、結果オーライである。

このライブ、実際のところはワンマンライブという括りで見ても長時間にわたるものだった。150分にわたるライブとは、そうそうあるものではない。しかもライブハウスでだ。
普通、どこかで中だるみになってしまってもそれほどオカシイ現象だとは思わない。しかし、後半の曲の数々を見ていてもごく自然に入ってきて楽しむ事が出来る。
失礼な話かも知れないが、僕は普段からMYST.の音楽を聴きまくって生活している訳ではない。勿論音源を入手した直後とか、そういう特別な時は別だが、のべつ耳にして日々を送っていない。
それでも曲のイントロが始まれば自然に世界観に入り込むことが出来る。
いわゆるポピュラーミュージック。ポップスだ。
ロックと呼ばれたいかも知れないが、僕はポップスである事を素晴しいと思っている。
そしてライブ終盤ともなればお客さんは立ち上がるモノである。
何故なら立ち上がりたくなるからである。それが自然だからである。

皆立ってしまったら、後ろの人見えなくなるよな、とは僕の素朴な興味。
それが、立って踊りだすお客さんは居たが、それがちゃんと立ち位置を後ろの人の邪魔にならないようにズラして、それも一団となって踊っている!
ほんとに、あちこちのライブで色んなお客さんも見てきたけれど、この統率のとれたお客さんに脱帽。
繰り返すが、こういう所にアーティストの格は出るものだ。

下のセットリストにあるとおり、怒涛の21曲。そして、その21曲目は1曲目と同じ曲。
そうです、1曲目で覚えちゃった人は、みんな参加出来る曲。
会場全体が一丸となって盛り上がった「Die As Samurai」これ、いいタイトルだよね。

年間にライブを100本以上、というインディのミュージシャンはあまりいない。
しかしMYST.はライブを年間200本やる。尋常ではない数量。
しかも質を問われる。質を求めなければ次は無いのだ。
数量とクオリティのバランスをギリギリの所で保ち、しかもメジャーではない以上、生活の為に仕事もする。
しかも佳上の場合は税理士というこれまた尋常ではない業務。
本当にサムライなのだ。
その体力、知力の限りを尽くして…今回がワンマンライブ6回目。
1回やるのでも大変なワンマンを6回やる事で「育てて」きた。
明らかに動員数は増えている。そして満足度も。


これら全てを支えているのは、MYST.のサービス精神。
これなくして、プロと呼ぶべからず。
当たり前の事を、当たり前のようにやる。これが一番難しく、そして尊い。



サムライ達は、今日もどこかで戦い続けている。


☆Set List

1.夢をみる間に抱きしめて
2.D42
3.舞い降りる雪のように
4.30years boy
5.光風霽月
6.愛する人に愛されたくて
7.DELETE
8.Wish
9.Long Train Are Running
10.サムライ商売
11.Run4 Nothing
12.APDV
13.Last A Few Words
14.Entropy
15.惰性
16.Forget Me
17.Till The End
18.Ready Go !
19.愛よりも残酷
-encore-
20.そしていつの日か
21.夢を見る間に抱きしめて(Die As Samurai)
posted by ユタカ at 13:54 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 観客業報告書

2006年11月10日

高田エージ(SUPER Goooooood!) 渋谷クラブクアトロ 2006.11.3

高田エージが帰ってきた。クアトロに帰ってきた。
今年で4年目を迎えた「Thank You Japan!」
一番最初にこのタイトルを目にした時は笑っちゃった。
渋谷のひとつのライブハウスで「Japan!」だもの。なんと大袈裟な!と。

でも、年々それが大袈裟じゃなくなってきている。
見るたびに「なんなんだ!これは!!」となるんだな。

SUPER Goooooood!のサイトにある高田エージの日記。
日付に注目。7月26日の次の日記は9月5日になっている。
ご本人言うところの「緊急強制夏休み」である。

8月末に横浜サムズアップに行った時の事を思い出す。

チャージ、ゼロ?なんで??
いつもと違う祭りの雰囲気。
他の出演者全員で、一生懸命盛り上げた夏祭り。
でも、高田エージはそこに居なかった。

サブステージでHOT ROD CATSがプレイしている。
彼等はいつもSUPER Goooooood!の直前のステージだ。
会場をうまい具合に暖める、重要な役割を今年も着実に果たしている。
ただし、その前に既にKen Ken of INVADERSの暴発とも言えるステージにより
昨年よりも、既にテンションはオカシくなっていたのだが。

そのステージが終わりに近づいた時から異変は始まった。
異変と言ってもそれほど間違っちゃいないだろう。

殆どのオーディエンスが、まだ暗いメインステージの方を向いているのだ。
首だけじゃない。演奏しているステージを向かずに、もうメインステージに注目しているのだ。
お客さん、まだ準備中ですよ。
そんな事知った事じゃあ無い。もうすぐ始まるんだもの!

その会場全体から発せられる「ドキドキワクワク」の空気はイントロダクションの間、段々と圧縮されて。。。
そして…来た!「King of Yeah!」

瞬間…会場が真っ白になった。
全ての音と色彩が、クアトロの中でスーパーノヴァ状態になった。
何も聞こえない。何も見えない。

そして、目に見えない筈の…エネルギー、オーラといった類のものが、ハッキリと見えた。

これは経験で書くが、ライブステージのテンションがアガっていくと、色が段々無くなっていく。
最初は鮮やかな原色が弾けるようになる。その上が、レインボー状態になる。
更にアガると…白くなる。
この日は、その「白」が更に輝いた!

僕等は、何処かへ連れて行かれてしまったようだ。

今年のSUPER Goooooood!は、まさに変幻自在。
一曲ごとにメンバー構成が変わる。そのどれもがSUPER Goooooood!
おかしいな、去年のアレはなんだった?一昨年のは?

アレも凄かったんだけどなあ。この「凄い」は、青天井なのか?
どこまで行ってしまうのだ?
もう、おなじみの曲の数々。イントロが流れれば皆が「アレだ!」となり、
そしてその時点でお祭り再開。
じゃらんじゃらん、BaliBelly、宇宙の鼻クソ、BUDDY、King of Yeah…毎年やってるのに、
どうして毎年違うんだろう。
普通こんなに楽曲が受け入れられる時というのは、作品が一人歩きを始めている時と
思っているのだが、SUPER Goooooood!の場合は違うみたいだ。

特に終盤。「海の男のロックンロール」「永遠」は、異次元の出来。

昨年のエンディングは「永遠」の大合唱だったが、今年はまた違う。
勿論ステージ上には…もはや数えるのも面倒なぐらいの人…30人以上の出演者が勢揃いでの大熱演!
「永遠」はもはやスタンダードとなった感がある。
これからも恐らく、ずっと残る曲となるのだろう。
そして、どうにも抑えきれない気持ちを僕らに与え続けてくれるのだろう。

永遠、で終わっても良かったのだ。それでもよかった。
でも今年の高田エージはそこで下がらなかった。
山のような出演者達がステージを去り、彼一人になった。

気のせいかな。いや、違うだろう。
今年のこの会場のうねりは、やはり違ったのだ。

少し目を赤くした彼が、静かに演り始めたのが「星空の下」。
嵐の後の、つむじ風。

しみた。
ああ、この時間が永遠だったらと。
いつまでも祭りが終わらなければいいのにと。
会場を埋め尽くした観客のひとりひとりが、恐らくそう思いながらステージに集中する。
そう「永遠」は曲でもあり、テーマでもある。

そして、祭りが終わる瞬間の、あの空気を震わす歓声。
この「ゾクッ」とする感覚を味わう為に、1時間30分。
無駄な時間なんて、一秒もない。
クアトロが全力で駆け抜けた。休むことなく。


これ以上、スゴクなってしまったら、いったいどうなるの?
僕等はドコまで行けるのだろう?
高田エージは成長し続ける。
SUPER Goooooood!は成長し続ける。

そして、たぶん…

来年も僕等は目撃する筈だ。想像を絶する、という事がどういう事かを。
それは、日常の中にいつもは潜んでいる。
日常のフリをした彼等に、提供されるのだ。


今年も、非日常空間をありがとう。
凄い凄いとしか言えません。でも、やっぱりあなたは凄い。



あとがき
posted by ユタカ at 15:40 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 観客業報告書

2006年04月03日

バンド活動開始のお知らせ

先日、観客業休業のお知らせを致しましたが、今回はその理由となるバンド活動のお知らせを致します。
昨年…2005年の4月1日に私は「Poisson d'Avril(ポワソンダヴリル)」というバンドの結成を発表しました。そして、翌日そのバンドの解散を発表しました。その微妙な日程、展開の早さから、エイプリルフールのネタとして当時話題となりました。
実は、このバンドの話しはネタとして考え出されたものではありませんでした。本当は活動も考えていたのですが、既に現役でバンド活動をしているメンバーを集めたものの実際にどう運営していけばよいものか、という壁に活動をする前からぶつかっていたのです。それは2005年3月の時点で存在していた壁であり、考えた末にこのバンドは夢で一旦保留しようと思いました。
あれから一年が経過し、再びやってみようと思ったのは更に信頼出来る方々が周囲にいる、という環境の変化、またメンバーとの人間関係に昨年以上の手応えを感じているからであります。またスケジュール調整に関しても、時間をかければ何とかなりそうだという事もありました。
メンバーの顔触れは個性的かつ経験豊富なツワモノばかりです。これが化学反応を起こせば面白い事が出来そうだ、そういう思いは昨年も持っていましたが、今年は更に強くなっています。
このバンドの活動に注目して頂き、予定として決めている「2007年4月1日」のライブには、沢山の方に足を運んでみようと思って頂けるようなバンドになればと思います。新人でありながら新人ではないバンド「Poisson d'Avril」に御期待下さい。
posted by ユタカ at 12:17 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。